歴史大好き

歴史の一コマをわかりやすく・・とは言え、歴史は書き換えられる可能性があり謎に満ちていることが魅力と思っています。

「 戦国時代 」 一覧

石田三成

石田三成と淀殿(茶々)はどの程度接点があったのか?

石田三成といえば、秀吉の忠実な家臣にして関ヶ原での敗軍の将・・というのが誰もが思い浮かべる人物像でしょう。一方で茶々こと淀殿は、秀吉の側室となり、鶴松を産み、拾こと秀頼を産み(異説があるとしても)、秀 …

秀次は秀頼の出生の秘密を知っていて抗議した?

秀吉の後継者として関白に任ぜられた豊臣秀次は、最後は秀吉によって自害に追い込まれ、その妻や娘たちまで一族がこぞって殺害されました。その契機は、秀吉に思いがけず拾(ひろい)、のちの秀頼という後継者が生ま …

豊臣秀頼はやっぱり秀吉の子ではない!

豊臣秀吉が57歳で授かったとされる豊臣秀頼は大阪の陣で母の淀殿や大野治長らとともに自害しました。体格も並外れた巨漢だった秀頼が亡くなり、男児の国松も処刑され、豊臣家は滅亡するのですが、そもそも秀頼は、 …

秀吉が関白になった意味は?秀吉の「天皇のご落胤説」って?

豊臣秀吉は1585年に関白に就任。百姓に生まれたとされる秀吉が関白になれた経緯は斬新で、征夷大将軍でなく関白というのも興味深いテーマです。さらに信憑性はともかく秀吉が天皇のご落胤だったとする説も当時、 …

秀吉の「中国大返し」は本当に可能だった?

本能寺の変で信長が討たれた直後、秀吉が軍を率いて備中高松城から山崎まで、瞬く間に引き返しました。中国大返しと呼ばれることになったこの大移動は実際、どれくらい現実的に可能なのでしょうか。さらに大返しの前 …

森蘭丸とは?信長の小姓で母の妙向尼も活躍した

森蘭丸(もりらんまる)は織田信長の「小姓」の一人。女性のように美しかったとされ、そのように描かれる蘭丸ですが、名前は「乱」すなわち森乱丸、もしくは森成利(もりなりとし)が妥当でしょう。ことさら信長の寵 …

信長の「馬揃え」はやはり天下布武!

織田信長による馬揃えは、1581年の『京都御馬揃え』(きょうとおうまぞろえ)などと呼ばれ、大規模な軍事パレードとして歴史に残っています。信長の目指した「天下布武」を世に誇示した行事で、当時の正親町(お …

安土城、初めての天守閣?の謎が魅力的な城

安土城は、信長が築いた山城で現在では城址となり特別史跡となった意義ある城。当時「天主」と呼んだ信長の意向の建造物により歴代の「天守閣」が生まれることになりました。本能寺の変の後に焼失し廃城となりました …

小谷城と長浜城、つまり浅井長政と秀吉

小谷城とは、現在の滋賀県長浜市の湖北町伊部に存在した山城。小谷城主浅井長政が織田信長の攻撃で滅び、現在は城跡となっています。近くにその後、拠点として秀吉が長浜城を築きました。長浜城も幾度かの城主の変遷 …

羽柴秀勝、3人居た秀吉の「子」

「羽柴秀勝」と呼ばれた人物は3人いました。武家のことかつ意図してのことで、最初の羽柴秀勝は羽柴秀吉の息子とされる石松丸。その子が夭逝したあと、信長の四男の於次丸を養子にして二人目の羽柴秀勝。その人物が …